年齢と技術(とし と うで)
先日某公共放送の番組で、英国ロイヤルバレエのプリンシパル、吉田都さんの特集を見た。彼女は、もうプリンシパルを10年くらいやっているというすごい人なのだが、番組の中で、元先輩のバレリーナと会ったときに、‘もう腰が辛いので、白鳥の湖は去年止めたの’と告白しているのが印象に残った。でも一方で、‘昔はただ一所懸命に踊っていたが、やる度に新しい発見があり、表現はまだまだ深められるように思う’、という事も言われていて、共感もした。
吉田さんは僕と同世代。自分を振り返ると、仕事を始めたときに、先輩社員に、頭で稼げないやつは時間で稼げ、と教えられた覚えがある。歳とともに時間=体力では稼げなくなりつつあるが、多少は経験もし勘所みたいなものはついたような気がする。でも若い頃本当に死ぬほど働いたのか、今は本当に頭で稼げるようになっているのか、と問われるとなかなか苦しい。
同じように、しがないアマチュア演奏家ながら、昔より表現の幅が広がっているつもりはあるけれど、指が回らないとか息が続かないとか、体力・テクニック面での衰えは甚だしい。それを補って余りある表現力がついているのかと言われれば、悩ましい。
一般的には、体力とか技術面でのテクニックと、表現力とか魅せる方のテクニックとは、トレードオフの関係なのだろうと思います。年齢と共に体力がなくなり、不足していた表現力がついてくる。でもそれに甘んじて妥協してしまうとだめなのでしょうね。若い頃であれば、余りある体力で技術を磨き表現力を模索する、相応の歳になったら表現を広げつつ体力・技術が衰えないように努力する。臨界点を知った上で、技術と表現の間で総合的に最大の効果を得られるバランスポイントを常に求めていける人が、一流の仕事人なのだろうな、と感じます。そんな事を、もう若くないが円熟もしてない今日この頃になって初めて、考えるようになりました。
最後に。五島龍さんのデビューアルバムを先日衝動買いしました。音楽に若干深みがまだ足りないかなと感じる瞬間もありますが、17歳という年齢を考えれば、テクニックも音楽も十分素晴らしい、このまま精進し経験を重ねていけば、素晴らしい演奏家になるだろうなと予感させるアルバムでした。自分の事はもちろんなのですが、こういった可能性のある人を長い目で見られるように、歳とともになってきた気がします。


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